オープンキャンパス

広告を科学する

インストラクター: コミュニケーション情報学科 江川良裕

この授業のテーマは広告です。
広告とは、商品やサービスに関する情報発信をおこない消費者の購買意欲を高めるコミュニケーション活動であり、また活動の結果として表現された制作物を指します。したがって、広告には、センスとクリエイティビティだけが反映されているのではなく、ビジネス上の巧みな作戦と仕掛けが施され、私たちが暮らす社会や時代と距離感が注意深くとられています。だからこそ人のココロを動かすのです。
ここでは、広告の中でもテレビ・コマーシャルに焦点を当て、広告を広める媒体としてのテレビの歴史的背景や、テレビ・コマーシャルのメカニズム、コマーシャルから見る時代や世相について、お話ししようと思います。

担当インストラクターについて

コミュニケーション情報学コースの教員として、インターネットなどのメディア・テクノロジーに関する授業と、企業や公共の経営に関する授業を受けもっています。ほかには、eラーニングを始めとした学習科学を専門とする大学院に所属しています。

この授業の受講方法

この授業は、受講する皆さんが自分で操作をおこなう「教材」の形式になっています。コマーシャルをテーマとしていますので実際のコマーシャル動画を視聴してもらう必要があるのですが、著作権の関係でコマーシャルの動画をそのまま配信することができないからです。コマーシャルの動画はYouTubeのURLをクリックして自分で視聴してください。授業は4つのパートに分かれています。以下の手順で受講してください。

  1. Part 1の講義動画を視聴する
    • 最初にPart 1の講義動画を視聴してください。担当インストラクターによる解説スライドです。
  2. 講義動画で紹介された動画(コマーシャルなど)を視聴する
    • 講義動画で紹介されているコマーシャルなどを視聴するためのURLリンクが、このWebページのPart 1のところに記載されています。クリックしてYouTubeからコマーシャルなどの動画を視聴してください。
  3. Part 2から4まで繰り返す
    • 講義動画(それぞれ5分から10分程度の長さです)とYouTubeの視聴を、Part 4まで繰り返してください。
Part 1

テレビって、どんなメディア?

ここでは、本放送が開始された1953年以来、どのようにしてテレビがマスメディアの王様あるいは国民的メディアでとしての位置づけを獲得していったのかを辿り、私たちにとってのテレビとは何か、を考えます。インターネットと同様に、今日的な技術によるメディアは、紙のメディアとは違い、短い期間で浸透し、私たち個人や社会を変えるのです。

  • 力道山 VS ルー・テーズ_プロレス世界選手権(1957年)

    テレビの普及機に日本人が「街頭テレビ」で見ていたのが、落語やスポーツ中継です。日本人ボクサーや力道山が外国人に勝つことが、敗戦で自信を失っていた日本人の励みになったと言われます。

  • 皇太子ご成婚(1959年)

    100台以上のカメラにより中継されたパレードの映像は1,500万人もの人々に視聴されました。皇太子妃の美智子様がいわゆる平民出身だったことで、天皇家は「開かれた天皇家」「大衆的な天皇家」「愛される天皇家」のイメージを確立したのです。

  • 東京オリンピック閉会式(1964年)

    オリンピックをアジアで最初に開く国となったことに加え、体操や女子バレーボールの活躍が、敗戦から立ち直った日本人に決定的な自信を植え付けました。また、衛星カラー中継に成功し、技術立国日本を全世界にアピールする機会となりました。

Part 2

マーケティング・ツールとしてのテレビ

民間放送に関して言えば、私たちは、放送番組を視聴することにお金を支払っていません。民間放送は、商品やサービスを宣伝したい企業などからの広告収入によって経営されています。つまりテレビのメイン・コンテンツは、番組ではなく、コマーシャルなのです。テレビ・コマーシャルとは何か、どのような仕組みなのかを考えます。

  • 消臭力「唄う男の子~ミゲル~」篇(2011年)

    西欧の街並みをバックに外国の少年が歌っている」だけの映像ですが、視聴者に「何のCMかな」という疑問を抱かせ、最後の巧みなアナウンスによって、商品名を認知させることに見事に成功した例です。

  • Plane Stupid_PolarBear(2004年)

    北極熊が都市に落下してくるこの動画は、ジェット機による温室効果ガス排出に反対する団体の制作したCMです。欧州での平均的なフライトで乗客一人あたり400キログラムを越えるガスを排出しているという説明以上に、映像がインパクトを与えています。

  • Apple Macintosh(1984年)

    世界一媒体費(CMの時間枠)が高いと言われているのが、米国NFLのスーパーボール中継で、30秒で5億〜6億円もの値段がつけられています。映画監督リドリー・スコットが制作した84年の映像は、CM史上傑作のひとつに数えられています。

Part 3

テレビCMと時代 ~ 高度成長からバブルへ ~

テレビ・コマーシャルは、時代の気分を移し込む「鏡」と言うことができます。1950年代後半の高度成長期から80年代半ばまでのバブル景気の時期まで、コマーシャルが日本社会をどのように描いてきたかを見てみましょう。そこには、世界有数の経済大国にまで登り詰める中での日本人の姿があります。

[高度成長期のCM]

  • 寿屋トリスウヰスキー「トリスを飲んでハワイに行こう」(1961年)

    寿屋(現・サントリー)によるキャンペーンCMです。当時海外旅行は自由化されておらず、1ドル=360円の為替レートでは庶民にとって海外旅行は高値の花でした。夢のような贈り物にワクワクできたのだと思います。

  • 丸善ガソリン「Oh!モーレツ」(1969年)

    丸善石油(現・コスモ石油)のCMで、走行する自動車が起こした風がミニスカートをまくり上がらせることで、ガソリンの性能をアピールしたものですが、「Oh! モーレツ」というコピーは、遮二無二前を向いている時代の気分を現しています。

  • 森永エールチョコレート「大きいことはいいことだ」(1968年)

    商品のコスト・パフォーマンスの良さを訴える「大きいことはいいことだ。美味しいことはいいことだ。50円とはいいことだ」と唄う1,500人の人々による大合唱を、当時人気指揮者だった山本直純が気球の上から指揮を執る映像です。

[安定成長期のCM]

  • モービル石油「気楽に行こうよ」(1971年)

    ガソリンのCMにもかかわらず、ガス欠の自動車を二人の青年が押して歩く映像です。立ち小便をしたり時には休んだりする様子が「気楽に行こう、のんびり行こう......」という音楽とともに、足下を見つめ直す当時の感覚が反映されています。

  • サッポロビール「男は黙ってサッポロビール」(1970年)

    サッポロビールのイメージを男性的に転換させようと俳優の三船敏郎を起用。同社の入社試験を受験した学生が、面接の際に最後まで無言で通し「男は黙ってサッポロビール」という一言だけで内定を得たという都市伝説を生みました。

  • ミノルタカメラ「ピカピカに光って」(1980年)

    当時、熊本大学法学部の学生であった宮崎美子が、木陰で周りを気にしながら水着になる演技で、一躍人気者になったCMです。「いまの君はピカピカに光って」という楽曲は、CMの人気によってサビ以外の部分が制作されレコードも大ヒットしました。

  • 富士フイルム「それなりに写ります」(1980年)

    「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに写ります」というセリフは、もともと「美しくない方も美しく」のはずだったのですが、出演者であった樹木希林の発案で変更され、それが大きな反響を呼び流行語となりました。

[バブル景気の時代のCM]

  • 三共・リゲイン「24時間戦えますか」(1988年)

    日本人ビジネスマンが世界を股にかけて活躍する映像で、出演者である時任三郎扮する牛若丸三郎太が唄う「勇気のしるし」が大ヒット。現在でも通信カラオケや着メロサイトで配信されています。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代です。

  • JR東海「ジングルベルを鳴らすのは帰ってくるあなたです」(1989年)

    遠距離恋愛のカップルが新幹線でクリスマスに再会を果たすストーリーを描いたシリーズ第2作。第1作のコピーは「帰ってくるあなたが最高のプレゼント」。クリスマスは恋人二人で過ごすというパターンが根付いたのは、このCMによってです。

  • 大日本除虫菊・金鳥「亭主元気で留守がいい」(1986年)

    「亭主元気で留守がいい」というコピーは、男女雇用機会均等法が施行された年に流行語になりました。ユーモラスな表現ですが、夫を煙たいと感じる主婦の不満を代弁する内容です。男の「権威」はこの時代から目に見えて失われていきます。

Part 4

テレビCMと時代 ~ バブル崩壊、そして大震災 ~

わが国の戦後は、バブル景気の崩壊時で分断されていると考えても良いでしょう。なんだかんだ言っても、バブル景気までの時代は、今日よりも明日のほうが良くなると感じられたのです。現代は、モノや情報は一通り揃っているのにかかわらず、何となく明日を信じられない時代と言えるかもしれません。

[失われた10年のCM]

  • 三共リゲイン「その疲れに、リゲインを」(1996年)

    「24時間戦えますか」でバブル期に一世を風靡したリゲインのCMも、「全力で行く。リゲインで行く」「その疲れに、リゲインを」「たまった疲れに」「疲れに効く理由(わけ)がある」と、おとなしめになっていきます。

  • 日本コカコーラ・ジョージア「明日があるさ」(2001年)

    バブル景気の崩壊に加え、震災やオウム真理教事件などが起こりました。過去にはない不安な時代だからこそ「それでも前を向こう」というようなメッセージを吉本興業所属の人気芸人たちが唄っています。もとは1963年に坂本九が唄った歌謡曲。

  • TBC「脱いでもすごいんです」(1995年)

    就職氷河期真っ直中の面接で、「カオだけで世の中渡っていけると思ってない?」問う圧迫面接官に「私、脱いでもすごいんです」と言い放つ女性。同社の92年のCMコピー「ぜったいきれいになってやる」よりも、明らかに強くなった女性を描写しています。

[実感なき景気回復期(失われた20年)のCM]

[大震災後、そして現代のCM]

  • ACジャパン「あいさつの魔法」(2011年)

    震災後にトラウマになるほど何度も流された公共広告のひとつ。世紀末のような被災地の映像に挟み込まれるような形で繰り返し流されることにより、「ポポポポ~ン」というフレーズは子どもたちの間でさえ流行になりました。

  • 東京ガス「家族の絆・お弁当メール」(2011年)

    毎日息子のためにお弁当(キャラ弁)を作り続ける母親のストーリーで、息子からの最後のぶっきらぼうなメッセージが泣かせます。2011年『ACCフィルムフェスティバル』ゴールドを受賞。ちなみにこの年のグランプリは「九州新幹線全線開業」。

  • コクヨ・キャンパスノート「ノートにはあなたがいる」(2012年)

    1980年代に「10代の教祖」と呼ばれ26歳で亡くなったシンガーソングライター、尾崎豊が生前に楽曲の歌詞や想いを「キャンパスノート」に綴ってたエピソードを元に制作されたCM。60秒のフルバージョンはたった1回限り放送された映像です。

  • キリンレモン「晴れわたろう。」(2020年)

    キリンレモンは発売が1928年の超ロングセラー・ブランド。リニュアルに際して2020年4月からオンエアされたCMで、楽曲は61年から使われている「キリンレモンのうた」を現代風にアレンジしたバージョン。

  • 大学院社会文化科学研究科
  • 熊本大学文学部附属永青文庫研究センター
  • 熊本大学文学部附属漱石・八雲教育研究センター
  • 熊本大学文学部附属国際マンガ学教育研究センター

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