熊本県阿蘇市
下御倉古墳測量調査(墳丘測量調査)
(2018年度)
徒 然 な る ま ま に
下御倉古墳測量調査(墳丘測量調査)
(2018年度)
徒 然 な る ま ま に
2018年9月2日(日) 10日目(最終日)




下御倉古墳墳丘測量調査の最終日。
熊本地震前年の2015年に開始した手野古墳群(あるいは西手野古墳群)の測量調査も、今日で一区切り。
本当なら、下御倉古墳の横穴式石室再実測もしたいところですが、入口が完全に埋まっているので、すぐにはできません。
いつかできればいいと思っていますが、ひとまず、下御倉古墳については、墳丘の測量のみで満足しなければなりません。
さて、今日の朝一に、國造神社側からの古墳全景写真を撮影に行きました。
遠くにみえる根子岳を入れての写真をどうしても撮りたかったので、出向いた次第。
根子岳を同時に写すのであれば朝の東からの光線の方がきっといいだろうと思っていましたが、これまで午前中に写真撮影をする機会がありませんでした。
下左の写真が今日撮影した写真。
左側に根子岳のギザギザがみえています。
おそらく下御倉古墳の石室の開口方向は、阿蘇の中央火口丘群を見ているのだと思います。
その点、南を指向する上御倉古墳の石室とは、少し異なっているようです。
そうした点を確認するためにも、やっぱり、下御倉古墳の石室実測はすべきだよなあ、、、と思っています。
機会を探りたいですね、、、
撤収作業は、宿舎の清掃も含め一昨日にほぼ行っていたので、午前9時過ぎにはほぼ終わりました。
10時半頃の貸しふとんの引き取りまで、皆ゴロゴロ。
そして、最終日恒例の、阿蘇淡水魚センターでのます定食の昼食となりました。
下右の写真。
いつもながら、とてもおいしくいただきました。
そうそう、今朝は少し早く起きて、宿舎とその目の前の温泉センターの写真、そして、宿舎からみえる阿蘇五岳の写真を撮りました。
上左の写真が宿舎と温泉センター。左に写っているのが宿舎の古城公民館、右が温泉センターです。
そして、上右の写真が阿蘇五岳。
少し雲がかかって、涅槃の腹部あたりが隠れています。
この宿舎と温泉とも、お別れ、、、
撤収自体は、すごく順調に終わりました。
快晴で天気にも恵まれ、ミルクロードもまったく混んでおらず、午後2時頃には大学に帰り着きました。
そして、2時20分頃には器材片付けも終了。
これで、下御倉古墳の調査が終わりました。
その後、学生たちは、7日に始まる対馬での発掘調査の器材準備に移行しておりました。
夕方6時からは、喜臨門で打ち上げ。
調査の感想を聞きつつ、学生たちの恋バナに花が咲いた夜となりました。
私にとっては、調査が楽しかったとの声を聞くことができて、それがうれしい夜でした。
2018年9月1日(土) 9日目














今回の現場で初めての本格的な雨。
そして、雨中の阿蘇巡見。
今日の見学コース。
迎平古墳群(写真1枚目)
↓
平原古墳群(写真2枚目)
↓
中通古墳群(写真3・4枚目)
↓
阿蘇神社(写真5枚目)
↓
阿蘇中岳火口(写真6〜8枚目)
↓
道の駅くぎの … ここで昼食
柏木谷古墳群(写真9・10枚目)
↓
白川水源(写真11枚目)
↓
高森湧水トンネル公園(写真12枚目)
↓
阿蘇大橋崩壊現場(写真13枚目)
↓
内牧温泉街(写真14枚目) … 唐揚げ購入
走行距離はおよそ120q。
途中、平原古墳群と阿蘇中岳火口、湧水トンネルの出口でかなりの雨に降られましたが、なかなか有意義な見学になりました。
私にとっては、2015・2016年に噴火した阿蘇中岳火口周辺の被害の大きさを感じることができた点は、とてもよかったと思っています。
学生たちも、古墳と火山、豊かな水、そして自然災害など、さまざまな顔をもつ阿蘇を実感できたのではないでしょうか。
上の写真を若干説明しておけば、
写真7・8枚目は、阿蘇中岳火口にあるモノレール施設の被災状況。
2015・2016年の噴火の恐ろしさを知ることができます。
写真9・10枚目の柏木谷古墳群、そのうち右側の写真は、古墳群を説明しているはずの看板。
でも、完全に色あせていて、何が書かれていたのかさえ、まったく分りません。
柏木谷古墳群は、グラウンドゴルフ場として保存されているのですが、パットパットゴルフに興じている皆様にも古墳の存在を知っていただくいい機会なのに、この看板ではそれもまったくかないません。
この状況を熊本県の方に伝えたことはありますが、修復はなかなか難しいのでしょうか、、、
残念な状況です。
さて、明日撤収。
無事に帰り着けるよう、十分に気を配りたいと思います。
2018年8月31日(金) 8日目




私は今日、一端大学へ戻りました。
大学トラックの借用。
朝7時半、学生さんに送ってもらってJR宮地駅へ。
平成28年熊本地震で被災したため、JR豊肥線はいまだ全通していません。
そのため、宮地駅と肥後大津駅のあいだは、連絡バスが走っています。
8時5分、宮地駅発の連絡バスに乗って大学への帰途につきました。
その途中、ミルクロードの二重峠に達する前に大渋滞に遭遇。
まったく動かなくなりました。
二重峠を過ぎて少し大津方面へ向かったヘアピンカーブあたりで多重事故が起こっていて、そのため、上りも下りも車線が不通になっていたのでした。
結局、40〜50分遅れで肥後大津駅へ到着。
トラック借用の約束時間は10時だったのですが、10時50分頃となってしまいました。
上段2枚の写真は、その連絡バス。
はじめて乗ったのですが、宮地駅で切符を買って乗車するという点、あとから考えると連絡バスですから当然なのですが、今日のバス乗車時には少々戸惑ってしまいました。
また、全線開通していれば渋滞にひっかかることは決してない点を思えば、熊本地震の影響はいまだ大きいことを身をもって感じた道中でした。
さて、昨日のうちに測量に関わる図化作業はすべて終えていましたので、今日は宿舎清掃がメインの仕事となりました。
ほかに、落ち葉による墳丘表面のカムフラージュ、そして最後のゴミ拾い。
私が大学へ戻っているあいだ、フィールドマスターや4年生が中心となって進めてくれた結果、昼前にはすべて終了していたようで、私が昼過ぎに戻ったときには、皆、まったりとしていました。
午後からは、古墳の全景写真撮影に行った私と学生2名以外は、大観峰へ。
せっかく阿蘇に来ているのですから、下御倉古墳だけではなく、古墳が立地する阿蘇の地形、さらにほかの遺跡などを、ぜひみて感じて欲しいと思っているので、今日の大観峰観光はそのいい機会になったのではないでしょうか。
さらに明日は、1日かけて、阿蘇谷と中央火口丘、そして南郷谷まで足を伸ばす予定です。
今、夜の8時半過ぎ。
この現場ではじめて、テレビがついています。
ミュージック・ステーション。
この現場ではじめて、というか、上御倉・下御倉古墳の調査3回目ではじめて、とってもまったりとした夜となっています。
2018年8月30日(木) 7日目




今日で、北半部班も南半部班も、すべての図化作業が終わりました。
ここ数日の学生たちの頑張りは、なかなかのもので、3日を残して図面が完成しました。
古墳を描いているよりも、人工物や人工的に改変された地形を描いている時間の方が長かったかもしれませんが、その分、図化に際して頭を悩まし、そして表現の仕方を学ぶ現場になったのかもしれません。
そんなわけで少し時間に余裕ができたので、山田地区の乙川水源にまで足を伸ばして、昼食としました。
山田地区は、数年前まで、平原古墳群の調査でとてもお世話になったところなので、とても懐かしく、また、川のせせらぎを聞きながらのおにぎりは、とてもおいしいものがありました。
午後からは、現場班と宿舎班に分かれ、現場では国土座標測量と現場の清掃・ゴミ拾い、宿舎では器材の洗浄。
私は、現場の様子をみながら、古墳全景の写真撮影を試みました。
でも、光の具合が難しく、あまりいい写真は撮れませんでした。
明日の午後、今一度、チャレンジしたいと思います。
写真上2枚は古墳の全景。
下左は乙川水源、下右は今回の測量の成果です。
さて、あと3日。
気を抜くことなく、安全、無事に大学に戻れるよう、気を配りたいと思います。
2018年8月29日(水) 6日目




6日目。
寝食を共にする合宿制の現場は、人を育てるのでしょうか。
少し頼りなかったフィールドマスター、段取りをきちんと指示している姿をみて、そう感じた今日の夜のミーティングでした。
さて、昨日心配していた南半部班の進捗状況ですが、今日、一気に進んだという印象。
考古学の現場が初めての2年生も、まだおっかなびっくりだった3年生も、測量機器をかなり使いこなせるようになっていて、また、今日がヤマ場だと少しハッパをかけたことも影響したのでしょうか、やればできるヤン!、と思った次第。
明日には、現場での図化作業にはほぼメドがつきそうです。
ところで、熊本大学の考古学調査現場。
ここ数年は、メインの発掘調査は対馬で行われていて、小畑弘己先生の方針(あるいは生活環境の便)もあると思うのですが、自炊ではありません。
三食、まかないだそうです。
(私は未経験、、、)
ですが、私の現場は、熊大の伝統だということですが、三食すべて自炊で行っています。
上2枚の写真は、その昼食風景。
朝に握ったおにぎりと、缶詰、そして朝に調理した野菜炒め。
それを皆でわいわいと食します。
考古学の技術もそうなのですが、日常生活もすべて自らまかなうこと。
そうすることで、学生たちも成長すると思いますし、発掘調査チームとしての一体感も、グッと向上すると信じています。
なにより、学生たち、楽しそう。
それをうれしく思っています。
今も、台所で、朝食用のご飯を何合炊くべきなのか、明日の豚汁を作りながら、学生たちがわいわいと相談しています。
2018年8月28日(火) 5日目
バタバタしていて、今日は写真を撮り忘れました。
今回の測量は、下御倉古墳を南北に分け、北半部班と南半部班が、それぞれ光波を用いながら、並行して作業を行っています。
これは、昨年度の上御倉古墳の測量時と同じやり方で、図面もそれを引き継いでいます。
それぞれの班のリーダーは4年生。
それをフィールドマスターの大学院生と私がフォローするかたちです。
今日の私は、昨日に引き続いて、ほぼ南半部班に付いていました。
人為的に改変を受けた地形、具体的には阿蘇淡水魚センターの水槽に関わる施設や段々畑の耕作放棄地などがあり、そういったものをどのように図に表現するのか、上端・下端をどの部分にするのか、など、少し経験を必要とする箇所が多いため、そうした部分の判断を手助けしていたというわけです。
そうした人為的な地形部分を処理しておかないと、どの範囲まで等高線をまわしていいのかが不明確のまま、等高線の記入を進めないといけなくなって、終わりをなかなか見通せないため、なるべくなら今日のうちに処理してしまいたかったのです。
阿蘇とはいえ、午後の日差しはまだまだ強く、南向き斜面のため日光が直接当るなか、担当の学生たちが頑張ってくれて、少し先が見えてきたような?
とはいえ、まだ東側斜面部にも人為物が多いので、明日も気を抜けないと思います。
一方、北半部班の方は、墳丘東側の急傾斜部(ここも改変を受けています)の測量に移行し、いよいよ明日には終わりがみえてきそうな、そんな感じです。
あと1〜2日のうちに、メドをつけたいと思っています。
2018年8月27日(月) 4日目

昨年度、3年生ながらフィールドマスターをしてくれた女性です。
実家の引越し作業だとか。
少し口の悪い、でも、憎めないキャラクターの彼女が抜けるのは、ムードメーカーが欠けるような感じです。
でも、残された皆で、頑張っていきたいと思います。
右の写真は、参加者11人がそろっての集合写真。
この撮影のあと、彼女は帰途につきました。
さて、現場開始から4日目ですが、最終日の撤収、最終日前日の阿蘇巡見のことを考えれば、今日で現場作業の半分を終えたことになります。
淡々と進んでいます。
とはいえ、一部難航しているのは確か。
あと4日のうちに、古墳全景写真撮影や国土座標測量も含め、すべての作業を終えることができるよう、少しハッパをかけなければならないかもしれません。
幸い、今のところ天気には恵まれています。
雨の降る前に、何とか、、、という気持ちでいます。
2018年8月26日(日) 3日目

右の写真は、今日終了時の図面の様子です。
図の左にある大きな円墳は上御倉古墳。
昨年度の調査成果です。
その右側、東となりにある小さな円丘が下御倉古墳です。
ここを今、測量しています。
周囲を淡水魚センターの水槽に囲まれていて、かなり削平を受けているようですが、でも、円丘はよく残っています。
石室もよく残っているようで、かつては完全に開口していて、中に入ることができたようです。
ですが、今は開口部がほぼ土に埋まっていて、中をまったく覗くこともできません。
ですので、本当なら石室の再実測も行って、上御倉古墳の石室と比較検討したいのですが、今は断念しています。
上御倉古墳の石室とは、主軸方向がまったく異なっているので、そうした点も含めて、その構造を検討することが将来に残された大きな課題です。
今年の墳丘測量調査は、それに向けての第一歩というところでしょうか。
さて、進捗状況ですが、円丘部の単純な等高線部は淡々と進んでいましたが、人の手の入った地形改変部に達すると、それをどのように図化するのかに頭を悩ませているようです。
ですので、とくに下御倉古墳の南半部については、大きくペースが落ちたように思います。
人工物の多い場所、改変の多い地形の表現の仕方は難しいですから、明日からは、その辺をていねいに指導したいと思っています。
2018年8月25日(土) 2日目




2日目。
今日の現場の流れですが、全員、6時半起床。
朝から皆で、ご飯と味噌汁、卵料理、浅漬け、、、
さっと料理して朝食を済ませたあと、8時過ぎに出発。
8時半頃から17時まで、みっちり現場作業を行いました(上段写真)。
宿舎に帰って、目の前の温泉センター、18時頃まで。
そして、コインランドリー班と夕食調理班に分かれて、それぞれ作業。
夕食調理班(下段右写真)は、1時間ほどで終わっていまうので、その後、調査日誌を書いたりし、一方、コインランドリー班も、洗濯中は暇なので、その間に調査日誌を書いたり、買い出しをしたり、、、
コインランドリーにエラーが出たので、今日の夕食は20時開始となりました。
ミーティングは21時から(下段左写真)。
そして今、22時過ぎ。
お酒を飲んだり、お菓子を食べたり、授業のレポートを書いたり、そこここから談笑の声が聞こえています。
今日から、コンターラインの記入を開始。
昨年度の上御倉古墳の測量に参加してくれた学生がリーダーとなって、後輩たちを引っ張ってくれています。
この現場が考古学調査初の2年生もいますから、やっぱり、レベルや光波を扱う際には緊張する様子。
また、測量経験があまりない学生たちは、相当苦労しているみたいです。
初日だから、仕方がないですよね。
でも、今日の終わりになると、ほぼ自らできるようになっていて、けっこうたくましくも思ってしまいます。
ただ、明日以降、人工物、さらに人工的に改変された地形の多い箇所に突入しますから、図化処理に悩むところも多々出てくると思います。
そういったところをクリヤしながら、大きく成長してくれることを望んでいます。
2018年8月24日(金) 1日目(初日)
下御倉古墳現場初日。
今、夜の10時。
ミーティングのあと、学生たちは、今日計測した座標データを別の光波に入力する作業の真っ最中。
4年生が中心となって、3・2年生にNikonおよびTajimaの操作の仕方を教えています。
今日は、朝、7時に大学の考古学資料室に集合。
昨日に先行搬入した残りの器材をレンタカーの軽バンに積み込み、3台の車で阿蘇へ出発。
宿舎の古城公民館には9時頃到着しました。
10時前から、國造神社でのお祓いを受け、一端宿舎へ引き上げ、レンタル布団の到着を待ちながら昼食の準備。
今日はおにぎりではなく、お茶碗での昼食。
そして、12時からいよいよ現場作業を開始しました。
今日の作業は、基準点設定、レベル測量、伐採。
参加学生10人が、3班に分かれ、墳丘の各所で作業を進めてくれました。
でも、やっぱり、失敗の許されない本番の現場で測量機器を使うことに勝る教育はありません。
失敗をしながら覚えていくもの。
レベル移動という、本当に基本中の基本ですが、皆、直感的にやってしまうんですよねえ、、、
どちらが高いか低いか明確な場合は、それでも間違うことはまずないのですが、ほとんど水平な箇所でのレベル移動では、誤認が起こる恐れがままあります。
往路の出発点と到達点を明確にし、後視と前視を確実に記録して、その差がプラスなのかマイナスなのか、きちんと確認すること。
通常授業の実習でも何度も繰り返して注意することですが、でも、実際の現場で1回、失敗することの方が確実に教育効果はあるんですよねえ、、、
あらためてそれを実感した今日の夜でした。
2018年8月21日(火) 3日前
8月21日。私の誕生日。下御倉古墳調査開始3日前です。
今年も、熊本大学考古学研究室の夏のメイン実習調査は、長崎県対馬で行われます。
9月7日から24日までの予定。
ですので、去年と同じく、私は阿蘇で古墳の測量調査を実施します。
昨年測量した上御倉古墳の東約55mにある下御倉古墳。
その墳丘の測量。
8月23日搬入、24日作業開始で9月2日に作業終了、3日にレンタル器材を含めてすべての片付けを終了、の予定。
今年は台風が多そうで、予定通り進むか心配なのですが(今週後半には19号・20号の2つの台風が襲来、、、)、学生さんと一緒に頑張りたいと思います。
やっぱり、現場は楽しみです。
さて、熊大考古では、毎年、夏の調査のためのパンフレットを作成します。
そのパンフレットの巻頭には、教員それぞれが文章を寄せるのですが、今年でそれも21回目となりました。
以下に、今年の私の文章を貼り付けておきます。
こんなエッセイも21回分がたまっているんですねえ、、、私の熊本生活も長くなりました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

Nikon NST-405C(右写真の左端)。
130万円を値切って86.4万円。
大切に、愛でてやって下さい。
そこで、今年は、器材の話。
2004年千崎古墳群の調査日誌(研究室のホームページ)の9月3日のところにも書きましたが(かつての研究室調査の雰囲気がわかるので興味があればみて下さい)、
私が熊本大学へ赴任した当初、研究室所蔵の器材には、まともなものがありませんでした。
レベルも一回転させると水平がくるうという代物。
ですから、実習の時などは、埋文調査室の器材を借りたり、業者からレンタルしたり。
でも、私は自前の器材がないと学生教育にも支障があると考え、科研費獲得などの機会をとらえて、コツコツと買いそろえてきました。
レベルも、1台ずつ買っていった結果、今3台になっています。
写真右端のトランシット。
今は水曜日の実習で時折使う程度ですが、1998年の沖縄県伊江島の調査では大活躍しました。
このトランシットには思い出があります。
私が熊大へ赴任した1998年、夏の伊江島調査で使う器材が揃わないので、当時パスコにお勤めであった岡安光彦さんに相談したところ、会社で減価償却を終えた器材を快く譲って下さったのでした。
大阪時代から親切にしていただいていた岡安さんのご厚意がいっぱいつまったトランシットです。
その後、やはり光波(トータルステーション)が欲しいということで、学長裁量経費を使って手に入れたのが写真左から2番目のTOPCON。
2002年のことでしたが、高熊古墳の調査から昨年度まで大活躍してくれました。
私の熊大での古墳調査の歴史はこのTOPCONとともにあります。
写真右から2番目のTajimaは、2010年、電子平板と一緒に購入したもの。
平原古墳群の測量調査以来、TOPCONの相棒でした。
今年からはNikonを相棒にして頑張ってくれるはずです。
下御倉古墳の調査は、対馬の調査とは違って、公民館にての男女同部屋での生活、完全自炊です。
そうした不自由な生活を共に過ごすことで、調査の最後には1つのチームになってくれることを心から期待しています。
さて、以下は、毎年記す皆さんへのアドバイスと要望です。
1.めずらしい遺物がでたとしても、喜んで取り上げないこと。原位置をとどめない遺物からは情報が半減してしまいます。とくに2年生。
2.視野を広く持って下さい。現場でも宿舎でも、自分が担当しているものだけにとらわれず、周囲の様子をよく見ること。後輩の様子をよく見ること。とくに3年生。
3.大学院生は、調査全体を見渡し、終了をみすえた作業計画を立てて下さい。調査終了までにすべき作業は何か、現場も、宿舎も、終了から逆算するかたちで考えて下さい。すべき作業内容をノートに整理しておくと忘れないですみます。
そして、信頼を得ること、よい雰囲気を作ること。これがもっとも大切です。
4.自分の仕事をこなすことだけで満足せず、誰かが作業をしていたらすぐに手伝って下さい。チームワークが大事です。自己中心的な人は発掘調査には向きません。
5.地元の方々、教育委員会の方々へのあいさつは忘れないように。発掘調査は、まわりの方々の協力があってこそ実施できるのです。
6.そうは言っても学生時代の発掘調査は楽しいもの。敏感なアンテナを常に立て、調査技術はもちろんそれ以外でもいろんなことを吸収し、何か1つでも心に刻んでくれればうれしいです。
2.視野を広く持って下さい。現場でも宿舎でも、自分が担当しているものだけにとらわれず、周囲の様子をよく見ること。後輩の様子をよく見ること。とくに3年生。
3.大学院生は、調査全体を見渡し、終了をみすえた作業計画を立てて下さい。調査終了までにすべき作業は何か、現場も、宿舎も、終了から逆算するかたちで考えて下さい。すべき作業内容をノートに整理しておくと忘れないですみます。
そして、信頼を得ること、よい雰囲気を作ること。これがもっとも大切です。
4.自分の仕事をこなすことだけで満足せず、誰かが作業をしていたらすぐに手伝って下さい。チームワークが大事です。自己中心的な人は発掘調査には向きません。
5.地元の方々、教育委員会の方々へのあいさつは忘れないように。発掘調査は、まわりの方々の協力があってこそ実施できるのです。
6.そうは言っても学生時代の発掘調査は楽しいもの。敏感なアンテナを常に立て、調査技術はもちろんそれ以外でもいろんなことを吸収し、何か1つでも心に刻んでくれればうれしいです。