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エリザベス・ギャスケル
『メアリ・バートン』
(彩流社)
松原恭子/林 芳子訳

1998年11月30日発行
477頁 \4,500

ISBN: 4-88202-518-X

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世紀末に英国小説の名作を<人間性の温かさ>を奏でるギャスケル文学

 エリザベス・ギャスケルという英国の作家をご存じだろうか。〈苦しむ者へのいたわりを、深い人間愛を背景に、真摯な同情や洗練されたユーモアを込めて、鋭敏な観察眼で活写した人〉として、英文学の分野では独自の地位を占めているのだが、残念ながら、一般にはよく知られていないのが実状だろう。

 彼女は一八一〇年、ユニテリアン派の元牧師の末娘として、ロンドンに生まれた。一歳で母を亡くすと、マンチェスタ近郊の田舎町ナッツフォードに住む母方の伯母に引き取られた。以後、この地で、幼少、青年期を過ごすことになる。二一歳で同派の牧師ウィリアム・ギャスケルと結婚してマンチェスタに移り住むと、よき妻よき母として家庭を支えた。「いつもにこやかで穏やかでいらっしゃるから、回りにいる者はみな性格の一番善い面が出てしまう」とは、夫の生徒による夫人の印象である。三四歳の時授かった長男を九ヶ月で病死させることがなかったら、作家エリザベス・ギャスケルが誕生することはなかったろう。悲しみを癒すために書いた『メアリ・バートン』が、出版四ヶ月にして三刷りが出るほどの好評を博したのである。彼女は一躍文壇に認められ、以降、英文学史に名を残す作家たちと交わることになる。「あなたの創作力は、少なくとも千一夜は続くに違いない」と書いて、彼女をシェヘラザードにたとえたチャールズ・ディケンズ。互いの人格と文学を尊敬しあい、自宅を訪ねあったシャーロット・ブロンテ。そして、「私の人生観や芸術観は、『メアリ・バートン』の作者のそれと似た部分がある」と告白したジョージ・エリオット、等々。ギャスケルは、その後一七年間に、長編小説『ルース』『北と南』『シルヴィアの恋人たち』をはじめ、『クランフォード』『従妹フィリス』などを含む約四〇におよぶ中・短編小説、および伝記『シャーロット・ブロンテの生涯』を著す。今日私たちがブロンテ姉妹を知るのは、この伝記によるところが大きい。長編『妻たちと娘たち』の完成を目前に控えた一八六五年秋、ハムプシャに買った別荘で急逝。五五年の生涯に幕を閉じた。

 『メアリ・バートン』は、一八三四―四〇年のマンチェスタを舞台に、工場主の息子ハリ・カースンを殺害するに至った労働者ジョン・バートンの愁苦と、ハリを捨て幼なじみのジェム・ウィルスンを選ぶ彼の娘メアリ・バートンの恋路を軸に、労働者階級の日常を克明に描いた作品である。殺人犯の嫌疑をかけられたジェムを救うためにメアリが証人探しをするくだりの冒険小説なみの迫力もさることながら、評者が読者に注目して欲しいのは、ジョンとエスタという二人の罪人の描写に投影された、作者の人間愛である。冷酷な工場主たちへの見せしめという大義名分も、息子を失った苦痛を切々と訴える父親の前では、何の意味も持たない――そのことを知ったジョンは、慚愧と自責の念に苛まれながら死んでいく。私生児となった娘を救うために春をひさいだエスタは、更生させようとするジェムの優しさを拒み、別れのキスをしようとするメアリを突き放して、自己の罪の重圧に泣く。そのような二人を、読者は知らず知らずのうちに赦している。

 日本にこの作品が紹介されたのは、一九四八年(絶版になって久しかったこの訳は、昨年、本の友社によって復刻された)。その初訳から五〇年ぶりに、新訳が出た。訳者は、詳細な注をちりばめながら、やや堅めの文体で、この愛と赦しの物語を現代に甦らせている。実は近年、彼女の作品が立て続けに翻訳されている。『呪われた人々の物語』(九四年、近代文芸社)、『シルヴィアの恋人たち』(九七年、彩流社)、別の訳者による『メアリ・バートン』(本年三月出版予定、近代文芸社)、そして、『ギャスケル全集』七巻(本年九月刊行開始、大阪教育図書)。殺伐とした世紀末に、ともすれば忘れがちな〈人間性の温かさ〉を奏でるギャスケル文学に浸るのも、悪くない。

(『図書新聞』(1999年2月27日号)のための原稿)