ギャスケル全集(全7巻)

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エリザベス・ギャスケル「魔女ロイス」解説
copyright (c) 1999 Tatsuhiro Ohno
『クランフォード・短編』(大阪教育図書)2000年1月24日発行 606頁 \7,000
ISBN: 4-271-11451-0

 「魔女ロイス」は、185910月、チャールズ・ディケンズ主宰の週刊誌All the Year Roundに三回にわたって掲載され、翌60年、短編集Right at Last, and Other Talesにまとめて収録された。もともと魔女に関心を抱いていた作者は、マサチューセッツ州セイレムで起きた魔女裁判に関する文献を丹念に調べ、自ら見聞したことや史実を巧みに織り込んで、この小説を作り上げた。

物語は、孤児となった17歳のロイス・バークレイが、16915月、米国東岸ボストンの桟橋に降り立つところから、始まる。「ニュー・イングランドのセイレムに住む兄を頼るように」という母の遺言に従って、大西洋を渡ってきたのだ。父はウォリクシャ州バーファドで国教会の牧師をしていたが、すでに病死していた。いいなずけヒュー・ラールフ・ルーシィとの結婚は、ルーシィ夫妻の反対にあってかなわず、ロイスは故郷を棄てる道を選ぶしかなかった。父の友人ホウルダネス船長に連れられて二泊したスミス夫人の宿で、ピューリタン社会に広まるインディアンや魔女に対する異様な恐怖を感知したあと、ロイスは船長にセイレムの伯父宅まで送り届けられる。

ヒクスン家に溶け込むのは、並大抵のことではなかった。伯母グレイスは厳格なピューリタンで、ロイスが育ったイギリス本国の政教一致体制を露骨に非難した。従兄のマナシには精神病の兆候があり、まぼろしを見たと言っては、ロイスに結婚を迫った。従姉のフェイスは、教区の青年牧師補ノウランに一方的に思いを寄せており、彼とロイスとの仲を勘ぐっている。従妹のプルーダンスは、他人の不幸を喜ぶ残忍な気分屋。インディアンの召使いナティは、サタンと魔法使いにまつわる恐ろしい話をまことしやかに語り、フェイスと秘密を共有している様子。もっとも頼れるはずの伯父ラールフは、健全な思考ができないほど衰弱しており、ロイスが来てから半年後には、急死してしまう。そんななか、16922月末、教区牧師タポウの娘二人がサタンにとり憑かれる。

翌月、サタンを威嚇するための断食祈祷会が牧師宅で開かれている最中、牧師の次女が、自分を苦しめた魔女はタポウ家の召使いであると証言。このインディアンは見せしめのため翌朝処刑される。それに引き続いて催された祈祷会で、てんかんに襲われたプルーダンスにより、ロイスは魔女であると告発される。彼女は即刻投獄され、法廷尋問を受ける身となる。覚えのない罪に問われたことにとまどい、突然降りかかった不幸を嘆きながらも、最後はキリストへの信仰を胸に抱いて、投獄されてから四日目の朝、ロイスは絞首台の露と消える。同年秋、ホウルダネス船長とともに、彼女を引き連れに来たルーシィは、恋人の非業の死を知ることになる。22年後、セイレムで魔女糾弾にかかわった当事者の謝罪文を携えて、ホウルダネス船長がバーファドに彼を訪ねる。最初かたくなだった製粉工場主も、やがて心を和らげ、罪を犯した判事の懺悔の祈りに、自分も加わると言う。「ロイスだったらきっとそうしたことでしょうから」として……。

 筋の展開上、問題点がないわけではない。第2章でほのめかされる、ノウラン牧師のロイスへの慕情や、フェイスとナティの意味ありげな関係が、さしたる説明もなく第3章では言及されなくなるために、中途半端の感を読者に抱かせる可能性がある。一方、構成の妙もある。ロイスをとりまく環境の不気味さと彼女の無邪気な日常生活を初めの二章で徐々に浮き彫りにしたあと、彼女が魔女として糾弾され、処刑されるまでを最終章で一気に発散することによって、無実の少女を突然不幸に陥れる魔女裁判の残酷さをきわだたせたことである。その理不尽さのなかにあっても、ロイスが信仰心を失わなかったこと、そして、ロイスのゆえにルーシィが罪人を赦そうとすることに、キリスト教信仰の重要性を作品に込めるギャスケル文学の特色の一つが、にじみ出ている。

※拙稿「『魔女ロイス』、原典比較と構造分析による主題の解明」山脇百合子監修『ギャスケル文学にみる愛の諸相』(北星堂、2002)も参照してください。

 

『ギャスケル全集』各巻収録作品

 


(発行年月)

タイトル

原題

訳者

第1巻 (1/2000)

クランフォード Cranford (1853) 小池 滋
従妹フィリス Cousin Phillis (1864) 松原恭子
荒野の家 The Moorland Cottage (1850) 阿部美恵
魔女ロイス Lois the Witch (1859) 大野龍浩
灰色の女 The Grey Woman (1861) 木村晶子
リジー・リー Lizzie Leigh (1850) 多比羅真理子
異父兄弟 The Half-Brothers (1859) 中村美絵
マンチェスターの結婚 The Manchester Marriage (1858) 中村みどり
地主物語 The Squire's Story (1853) 金子史江
       
第2巻 (3/2000) メアリ・バートン Mary Barton (1848) 直野裕子
第3巻 (9/2000) ルース Ruth (1953) 巽 豊彦
第4巻 (3/2001) 北と南 North and South (1855) 朝日千尺
第5巻 (9/2001) シルヴィアの恋人たち Sylvia's Lovers (1863) 鈴江璋子
第6巻 (3/2002) 妻たちと娘たち Wives and Daughters (1866) 東郷秀光/足立万寿子
第7巻 (9/2002) シャーロット・ブロンテの生涯 The Life of Charlotte Bronte (1957) 山脇百合子