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文化人類学は旅に似ています。ただ、文化人類学の旅は少々特殊なものです。旅先で出会った自分とは異なる人びとの世界に魅了され、その世界の細部へと分け入りながら、自分で旅のルートを模索せねばならないからです。最初は誰でも不安なのですが、その不安は自信に変わっていきます。旅の記録とも呼ぶべき民族誌を助けにしながら、教室の仲間とあれやこれやと悩みつつ、自らの旅のルートを見つけていくのがこの学問の面白いところです。
文化人類学には旅先案内人としてシンジルトと慶田勝彦がおり、各人が演習や特殊講義等を通じて文化人類学に関する基礎的な考え方について多角的に授業をします。大学院進学や文化人類学を専門とする留学などにも対応した教育になっています。学部から文化人類学を専門に教育している大学はそれほど多くはありませんから、それだけでもユニークな教育研究領域であるといえるでしょう。
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シンジルトは、主に中国西部地域における民族認識と自然認識の動態を考えています。青海省に暮らす言語文化的にチベット民族の影響を深くうけるモンゴル人社会における土地紛争やモンゴル語復活運動を対象に、彼らの民族的自己認識のありようと変化を、当事者たちの会話や主張の文脈を整理しながら研究しています。同時に、自然科学者たち(地球総合環境学研究所)と連携しながら、甘粛省や新疆ウイグル自治区などシルクロード乾燥地域における「水の問題」をキーワードに、当問題をめぐる地域住民の認識や解釈が、その生業形態あるいは世代の違いによってどのように形成され変化していくかを、現地調査を踏まえながら考えています。
慶田は、主に20世紀初頭から現在にいたるまでのケニア海岸地域における歴史的な動態を文化的、言語的、宗教的、法的、政治的側面から総合的に研究しています。また、文化人類学の成立の歴史、非西欧世界のポピュラー音楽やスポーツ、芸術などのサブカルチャーについても関心があり、いろいろな領域における文化人類学的なアプローチの可能性を模索しています。熊本ユニセフ、熊本県国際協会、熊本市国際交流事業団などとも連携しながら、地域の国際交流事業へも参画していますし、九州をはじめとする他大学の人類学者やアフリカ研究者との交流もありますので、是非、人類学的ネットワークの多様さを堪能してみてください。 |
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学年 |
授業内容 |
授業科目例 |
1年次 |
文化人類学の対象、方法、基本概念について学びます。 |
文化人類学概論 |
2年次 |
文化人類学の基礎的な知識と実践についてを幅広く学習します。 |
文化人類学概論
社会調査法概説 |
3年次 |
各人の研究テーマの設定と研究方法について学習をすすめます |
文化人類学演習
文化人類学応用演習
社会調査実習 ・ |
4年次 |
スタッフの指導を受けながら卒業レポートに取り組みます。 |
課題研究
社会人間応用演習 |
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卒業論文のテーマ例
化粧品にみる個性形成/日本ラップ・シーンにおけるラッパーECDの存在意義/『ヌアー・ディレンマ』における変化の語り口に関する人類学的一考察/司馬遼太郎の日本理解―『街道をゆく』に対する考察 |
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松尾 麻里 (4年)
私が「文化人類学」という名前を初めて聞いたとき、ほとんど自分とは接点のない難しい学問のように感じていました。しかし、実際に講義を受けたり文献を読んだりするうちに、実は私たちの生活や文化にとっても不可欠な学問だと少しずつ感じるようになりました。自分の視点だけでなく、他にも多様な視点があることを知り、今まで当たり前だと思っていたことを見つめ直すことによって、より柔軟により批判的に物事を考えるようになりました。例えば、私は「古い」文化が「新しい」文化の流入によって変化することに対して、「古い」文化は残さなければならないとそれまでは当たり前のように思っていました。しかし、なぜその文化が変化するのかという背景や原因を考えること等、一歩踏み込んで考えることの大切さを理解するようになりました。さらに人類学を学んでいくうちに、私は日常生活における自分自身のものの見方の変化を実感するようにもなりました。新聞、雑誌、テレビなどマスメディアによる情報伝達の内容やその仕方に対する自分なりの批判的な見方の形成がその一例です。このような学びを繰り返すうちに、私は人類学の楽しさを徐々に体感するようになってきました。確かに、最初は戸惑うこともあるのかもしれませんが、先生や先輩方が親身に指導してくださるので、大丈夫です。未知の文化を知り、身近なことを見つめ直したいというあなたにとっても、良いチャンスです。 |
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杉山 千里 (3年)
大学に入学してから文化人類学という学問に出会い、勉強を始めて3年目になります。この学問に関して、まだまだ経験や知識の浅い未熟者ですが、私の思う文化人類学の魅力についてお話したいと思います。私はこの学問の魅力は、その研究対象(たとえば、世界各地の風習など)の「理解のし難さ」にあると思います。なぜ、自分はその研究対象を理解し難いと思うのか?その理由は、対象にではなく自分自身にあるといえます。そしてそこに疑問や問題を感じたとき、そこにあるのは、壁ではなく無限の可能性に満ちた「扉」だと私は思います。文化人類学という学問を通して、一つの扉が自然に開いていくような不思議な感覚を、ぜひ皆さんにも感じてほしいです。 |