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活動内容

シンジルト 調査報告

2010.10.01

今年度は、科研研究「新疆モンゴル地域における自然認識の動態に関する文化人類学的研究(基盤C)」の最終年度となりました。昨年度は新疆における政治情勢の悪化(暴動に伴う流血事件)や大雪による自然災害のため、調査地へのアクセスはとても困難なものでしたが、それに比べて今年度の調査は順調でした。また、これまで訪れていた場所以外にも行くことができ、刺激を受けてきました。

ここ数年の調査で、私はとりわけ、牧畜民と動植物との関係をより明確に表すと思われるセテルという慣習のあり方に着目し、セテル慣習を共有する異なる地域集団間の比較に、調査研究の重点をおいてきました。セテルというのは、何らかの理由で、特定の家畜や植物の魂や命を自由にするあるいは解放すること、人間がそれらに対する自らの所有を放棄することを意味することばです。つまり、セテル儀礼をうけた家畜は、いかなる状況においても屠られないというのが大原則です。とはいうものの、実際、セテルをめぐる実践やそこで与えられている説明には、顕著な地域特徴がみられます。

例えば、(A)ホボクサイル=モンゴル自治県では、セテルはモンゴル族の重要な文化要素とみなされ、自治県の無形文化財にも登録されるなど、地方行政府の保護を受けているのに対して、(B)多くのモンゴル族人口を抱えながら民族自治権をもたないジョウソ県では、むしろ迷信だと低く位置づけられています。そこで、B地域の牧畜民の間で行なわれているセテルをめぐる諸実践は、あくまでも信仰にまつわる私的な行為とみなされがちですが、A地域におけるセテル実践は、宗教信仰のみならず時として地域振興にも貢献しうる行ないとされ、近年より活発になっています。更に、(C)カザフスタン共和国との国境地帯で暮らす、自称「モンゴルキルギス」の人々[注]の間では、A、B地域に劣らないくらい数のセテル家畜を飼いながら、それらを「オボー祭りの際に土地の守護神に捧げるべきものだ」と位置づけ、生計のために屠ることこそないものの、供犠獣としてセテルを説明する傾向にあります。この説明は、セテルに対しては無条件に殺生禁止とするA、B両地域のそれらとは大きく異なっています。このように、この3地域だけにおいても、セテル現象はかなり複雑な様子を示しています。

もちろん、これら複雑な現象自体を、多様性という言葉で説明しつくせるかもしれません。また、地域内部の文脈のみならず、外部諸力との関りのなかで変容してきたものだと片付けることも可能でしょう。しかしながら、多様性や変容にもかかわらず、牧畜民の日常生活全般において重要な意味をもつセテルという慣習自体の存在が、どのような論理の基で、いかに成り立ち、いかなる意味をもつのかといった問いに、自ら答えなければならないのです。今回の旅は、このようなことをさらに真剣に考えさせられる旅でした。

[注] 戸籍における正式な民族名はキルギス族となっており、カザフ語を母語とします。チベット仏教を信仰することもあり、現在でも婚姻関係などの面で、新疆モンゴル族と深いつながりをもっています。

 

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[写真1左上] 群れの中でもっとも毛が長く体格の大きいものは、セテル羊(ホボクサイル=モンゴル自治県)。

[写真2右上] 新疆ウイグル自治区の無形文化財に登録すべく、英雄(ジャンガル)叙事詩人(右側の老人)がテレ ビ局のインタビューを受ける(ホボクサイル=モンゴル自治県)。

[写真3左下] 供犠獣として土地の守護神に捧げられた羊の頭部・四肢・皮が、オボーに吊るされている(ジョウソ 県のダワチ・オボー)。

[写真4右下] 廃墟となったモンゴルキルギスの人々の寺院の跡地は、現在ラクダたちの集まる場所になっ ている(塔城)。

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