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【イベント】熊本市現代美術館 「鉛筆のチカラ -木下晋・吉村芳生展」2014年12月6日(土) ~2015年2月8日(日)

2014.12.25

鉛筆のチカラ 木下晋・吉村芳生展

 

「鉛筆という誰でも一度は使ったことのある筆記具が画材として使用されたとき、そこにはある種の身近さと鉛筆の持つ潜在力の豊かさが浮かび上がってきます。本展覧会ではその鉛筆の魅力にとりつかれた木下晋と吉村芳生の作品をご紹介します。1日に17時間鉛筆を手に紙に向かう木下と1000枚もの新聞という過去に今の自分の顔を描き込む吉村の、それぞれの「手作業」による「日々」の集積ともいえる鉛筆のチカラを感じる空間作りを目指します。また、木下はモデルの人生そのものを描き写すかのような人物画を、吉村はひたすら自画像を描き続けています。主観的に内面を掘り下げていく木下と、自身を描きながらもあくまでも客観的に社会をとらえる吉村を対比させることから見えてくる、それぞれの作家の想いを紐解きます。」

CAMK HP: http://www.camk.or.jp/event/exhibition/enpitsu/

 

    NHK Eテレ 『日曜美術館』 2012年5月27日放送 再放送:6月3日「孤独 闇 そして光を~鉛筆の画家・木下晋~」  を偶然観て、木下さんの迫力と集中力に圧倒されました。NHKホームページのご本人の写真もなんか凄い。6日にアーティストトークがあっていたのを逃してしまった!展覧会には足を運びます。

  ドキュメンタリーでは、絵というか芸術というか人間そのものをみせられているようで、画面越しであるにもかかわらず居心地が悪くなったのを覚えています。でも、木下さんの淡々とした熱量が、TVを消させてくれなかったのではなかったかな。実物の絵は大きかった気がするし、細部まで観れるので、TVよりもっと迫ってくるでしょう。あぁ、どきどき。

 貧しさ、母への憎悪(きっと複雑な愛情もあったのだろう)、才能と挫折感、そのような人間の闇の領域に親しんでいた木下さんは、自分自身がマイノリティである感覚がどこか常にあるのではと、勝手に想像しました。だからこそ、ハンセン病を患い、壮絶な日々から詩を詠んできた詩人・桜井哲夫さんのような人物や、子を置いて放浪する実の母親といった、社会の周辺に追いやられているけど「生きている」人びとに生き方を学んでいるのではないか。彼自身も、サバイバルの方法を身を削って模索しているのではないか。

 そういうところに、「不幸せ」で「かわいそう」な「紛争地域」の人びとと想像されることが多いアフリカ各地や世界の周辺を調査してきた人類学の仕事との重なりを感じました。すでに構築されたイメージをずらし、解体しつつ、細部を描くこと。一般的なイメージをいったん off にして、自分なりに対象と一から対話してみること、このような作業は民族誌を書く作業と似ているのではないかと思います。

 人間はなぜ他者の外見や姿かたちに反応し、影響されるのか。桜井さんも、他のハンセン病患者も(そして熊本の水俣病患者も)、もし人間が外見を気にしない生きものだったら、もっと生きやすかっただろう。外見など関係ない、と安易に言いたくなります。だけど、木下さんが描くのは、これでもかというくらい細かな外見であり、刻まれた皺であり、溶けた肌です。外見に苦しめられ、社会に疎外された人たちの姿を拡大し、肉眼で見える以上に細かく描き、社会の中心に再提示することは、作者の学びであり、対象を再び生かすことでもあるように思います。

 とはいえ、かなりうろ覚えなので、NHKのドキュメンタリーをもう一回観直したいです。展覧会で絵の背景が掘り下げてあればよいのですが(どの絵が展示されているのかも分からないけれど)。そして、吉村さんはまた趣が異なるようなので、そちらも楽しみです。

 

 

 
 
 
2013年11月06日(城島徹)
 
木下晋 画文集 求龍堂 2013
編集:鎌田恵理子 協力:土方明司・杉本積・富田智子 装幀:江森洋

 

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