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【文化人類学会】11月15日 中国四国地区研究懇談会/清水昭俊氏「戦争と人類学」

2014.10.16

文化人類学会経由でのお知らせです。


次回の中国・四国地区研究懇談会(第42回中四国人類学談話会)にて、
清水昭俊氏来演による「戦争と人類学」(日本文化人類学会50周年記念講演会)
を開催いたします。講演の要旨が学会HPにございますのでご覧ください。
http://www.jasca.org/meetings/meeting.html#chushikoku

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中国・四国地区研究懇談会(第42回中四国人類学談話会) 日本文化人類学会50周年記念中国・四国地区特別講演会
日時: 2014年11月15日(土)14:30~17:00
会場: JAビル 9階 第7会議室(広島市中区大手町4丁目7-3)
プログラム: 
清水昭俊(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所フェロー/神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員)「戦争と人類学」
 
講演要旨:
日本の民族学と戦争
ビルマ中国国境地域の戦争と慰安婦
慰安婦問題
戦争と人類学、人類学と政治
 私は戦時期に日本の民族学が戦争に関与した様相を考察してきました。日本の民族学者には、占領地で調査中に住民反乱に遭遇し、宣撫工作に参加した人があり、戦闘の混乱状況で行方不明になった人もいます。しかし、民族学者の関与の大半は、最前線から遠い後方での実地調査か、内地での知的な作業でした。
 彼らが考えた「民族政治」は、現在の人類学者の相対主義的な思考と大差ありません。民族学を応用し、占領地住民の文化を理解した上での民族政治。しかし、占領地がひとたび戦闘状態に陥れば、この理念は全く無力で、むき出しの武力と暴力が状況を支配します。
 日本軍が進攻した西方最前線のインド洋と北ビルマは、民族学の動員を組織した岡正雄や平野義太郎の視野に入っていましたが、現実の戦争の推移は、彼らの想定をはるかに越えるものでした。
 日本軍が占領したアンダマン島(ラドクリフ=ブラウンで知られる島です)では、英軍に海上封鎖されて、食糧の補給が断たれ、自給も追いつかず、備蓄の枯渇が迫る中、日本軍は口減らしのために大量の現地住民を離島に追放し、餓死させました。敗戦後、多数の将兵が戦争犯罪に問われ、刑死者を出しています。その多くは、民政の実務に当たった軍人軍属でした。民政に民族学者が派遣されていたら、確実に戦犯に問われた状況です。
 北ビルマのミッチーナでは、英インド軍のカチン部隊が(ちなみにリーチもこの地域でカチン人を率いて戦っていたはずです)、敗走する日本軍を追撃する途上で、花のような(兵士の目にそのように映った)若い女性の一団を保護し、捕虜にします。逃げ遅れた朝鮮人慰安婦でした。雲南の玉砕した前進基地でも、守備隊が自決の道連れに慰安婦を殺害し、生き延びた慰安婦が捕虜になっています。
 戦時期の民族学を考えれば、研究倫理も論点になります。しかし、関連するテーマを追いつつ視野に入ってきた戦争の様相、特に戦場の慰安婦は、人類学の研究倫理よりはるかに広い視野で、研究と政治と倫理について考える必要を感じさせます。
 私の専門ではない話題になりますが、ビルマ中国国境地域の「戦場の慰安婦」を橋渡しに、慰安婦問題にも視野を拡げて、戦争と人類学、人類学と政治について、私の考えをお話しし、談話会の皆さんと議論してみたいと思います。
 慰安婦問題に関する私の考えが、どの辺に位置するのか、判断の手がかりに、私にとって参考になった文献をいくつか挙げますと、
●日本軍慰安婦について歴史的な「事実」認識の基本線を構成する
・河野談話  [website]
・和田春樹 1999 「政府発表文書にみる『慰安所』と『慰安婦』」[website]
・アジア女性基金デジタル記念館「日本軍の慰安所と慰安婦」[website]
河野談話は政治文書ながら、それが示す「事実」認識は、発表後20年という長い時間に耐えて、いまなお説得力を保持しています。続く2文献の示す歴史的「事実」が覆らない限り、河野談話の説得力は揺るぎません。
●日本政府およびアジア女性基金の政策とその評価について、
・米国連邦議会調査部 2007 覚書 Japanese Military's "Comfort Women" System [website]
●国際的な意見発信に失敗した例として、
・歴史事実委員会 2007/06/14 ワシントン・ポスト紙意見広告 The facts [website]
●北ビルマの戦場の慰安婦について、
・日本軍捕虜尋問報告(『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』5)  [PDF]  このpdfファイルの pp.136-130、pp.179-177 
●韓国の事情について、
・朴裕河 2006 「『慰安婦』―『責任』は誰にあるか」『和解のために』第2章、平凡社
・李榮薫 2009 「日本軍慰安婦問題の実相」「あの日、私はなぜあのように言ったのか」『大韓民国の物語』第7、8章、文藝春秋
●この問題に関わる政治と人類学について、
・C. Sarah Soh, 2008, The comfort women: sexual violence and postcolonial memory in Korea and Japan, University of Chicago Press.
●戦争と民族学に関する私の考察
・清水昭俊 2013「民族学の戦時学術動員 - 岡正雄と民族研究所、平野義太郎と太平洋協會」、神奈川大学『国際常民文化研究叢書』4 [PDF]
 3人の韓国人(韓国系)学者の著書からは、国民世論の大勢に異議を申し立てる少数意見の厳しい状況が想われます。日本の民族学者には、リーチのように人類学者として戦闘を指揮した人はありません。他方で、韓国世論の状況を戦争当事国の戦時世論になぞらえますと(慰安婦問題に関してはこの比較も的外れでないでしょう)、この3人の学者の立場に身を置いた日本の民族学者もありません。Soh の掲げる Expatriate Anthropology は、彼女の方法論を述べるものですが、私には思想的な亡命の表明にも読めました。
 なお、日本で反発の強い「性奴隷」について付言すれば、「奴隷」は国際法の法律用語であり、この言葉の一般的なイメージで類推するのは不適切です。1926年の奴隷条約は「奴隷状態 slavery」を「所有権に基づく権限を行使される個人の地位ないし状態」と定義し、人身(奴隷)売買を規制しようとしました。関連する概念の大まかな層序関係は、「奴隷」>「性奴隷」>「日本軍慰安婦」>元「公娼」になります。当時の民間の「公娼」の実態は、日本内地でも朝鮮でも、人身売買、身体的拘束、そして性行為(売春)の強制でした。これらが国際条約に反していることは、当時の日本政府も認識していました。「前借金」に縛られた「公娼」は債務奴隷であり、性行為を強制される「性奴隷 sex slave」でした。「合法的」として容認してよい存在ではありません。
備考:
17: 30~ 懇親会(会場:広島市内を予定)
会場および懇親会準備のため、事前登録制としております。参加ご希望の方は、懇親会参加の可否を含め、11月8日(土)までにメールにてお名前とご所属をご連絡下さい。(連絡先:chushikoku604[at]gmail.com)
問い合わせ先:
中四国人類学談話会事務局 長坂格(広島大学)
〒739-8521 東広島市鏡山 1-7-1 広島大学大学院総合科学研究科文化人類学院生室A604
E-mail: chushikoku604[at]gmail.com(@を[at]に置き換えています)

 

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