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【九人研】2012年第11回オータムセミナー発表タイトルのお知らせ

2012.10.11
九州人類学研究会から2012年第11回オータムセミナーのご案内です。
 
セミナー申し込み締め切りは10月17日(水)となっております。
お申し込みは religion@lit.kyushu-u.ac.jp まで
「セミナー参加希望」の旨、およびバスをご希望の場合は乗車場所(JR博多駅、九大北門前、若宮ICのいずれか)をメールにてご連絡ください。
HPはこちら
 
ぜひ、多くの方々にご参加いただきますようお願い申し上げます。
 

 
【九人研】2012年第11回オータムセミナー(10月27日-28日、於福岡県宮若市スコーレ若宮)
 
 
 
10月27日(土)
 
セッションA:コミュニティのなかの関係性とモラル・規範・イデオロギー
 
・神原ゆうこ(北九州市立大学):コーディネーター
趣旨説明「モラルの境界線:共同性のための『善意』とイデオロギーの間を考える」
 
・木下靖子(北九州市立大学大学院)
「食物分配にみられる規範と楽しみと葛藤:バヌアツ共和国フツナ島の事例より」
 
・久下穂奈美(元熊本大学大学院)
「国際社会に向けたカゴ作り:ルワンダ共和国における「和解」の物語を中心に」
 
・大田千波留(九州大学大学院)
「≪毛沢東≫という記憶」
 
・【コメント】松村圭一郎(立教大学):コメンテーター
 
●セッション要旨:
 
文化人類学における、モラル/道徳をキーワードとした研究の範囲は幅広く、宗教、親族、交換、文化、社会、どれもみなモラルの研究に該当するという批判も存在する。その意味で、コミュニティにおける人間関係を考えるにあたって、モラルに関する問題はどこかで直面する問題であるといえよう。本セッションでは、幅広くも曖昧な「モラル」に関して、対面的人間関係に基づくレベルと、当事者を取り囲む社会全体で共有されるレベルのずれ/違和感に注目したい。当然、対面的関係に基づく共同体のための善意や良心のようなものと、社会のなかでイデオロギー的に「こうすべきである」とされていることは、当該社会のなかにいる人々も複層性を持つものと認識していると考えられる 。しかしながら、現代の世界においては、モラル的な思想をマクロなレベルで共有させようとする力のあり方は多様であり、その新たなずれを人々がどのように交渉するかは興味深い問題である。
 
この問題は、文化人類学の内外で、繰り返し問われてきたローカルな価値観と普遍的な価値観の相克に関する問題ともかかわるが、コミュニティの中の人々が、従属的な主体か行為の主体かという二分法的思考で捉えるのではなく、本セッションでは既存のモラルを意識しつつも、社会のモラルを生産し直す存在としての人々の姿から、現代の世界におけるモラルのリアリティをとらえたい。
 
このような問題意識に対して、本セッションでは、少しずつ異なるレベルの社会のモラルと現場の人間関係に注目したアプローチを試みたい。まず、木下はバヌアツ共和国フツナ島の食物分配における規範の分析を試みる。規範に対してのふるまい方の行方は「あげる―もらう」二者間にとどまらず、「見る/見られる」ことが重要であると想定し、解釈する第三者の存在によるフィードバックから現地の規範を考察する。
 
久下は、中央アフリカ・ルワンダ共和国におけるカゴ作りを事例に、内戦やジェノサイド以後、「和解」という言葉で世界の人びとに理解されていくカゴ作りの物語と、その現場の人びとにも「和解」が共有されつつあることについて考察する。また大田は中国南部の都市部での長期調査をもとに、社会に共有される≪毛沢東≫という記憶を手掛かりとしてこの問題にアプローチする。毛沢東グッズの各時代での変容を通して、人々が ≪毛沢東≫という集合的記憶をどのように操作し、創り、用いているのかを考察する。
 
当事者同士の関係とその周囲の視線、和解という思想/イデオロギーや社会的な価値判断を含む集合的記憶といったモラルの位相もフィールドの状況もそれぞれ異なるが、当事者の判断とその周囲が形成する価値判断について、そのすりあわせの過程に注目することで、現代世界の異なるフィールドを人類学的に考察することを目指したい。
 
 
 
10月28日(日)
 
セッションB:アイデンティティを問いなおす:アイデンティティはいまなお人類学に生産的議論をもたらすか?
 
・香室結美(熊本大学大学院):コーディネーター
「色をまとうこと:ナミビア・ヘレロ社会における衣装の着脱と自己成型」
 
・中野歩美(関西学院大学大学院)
「紐帯としての歓待:インド・タール沙漠の移動/定住をめぐる社会空間とジョーギー・アイデンティティ」
 
・ミッシェル・デイグル(ハワイ大学大学院、熊本大学客員研究員)
「政治的主題と地域の挑戦: 水俣における経験的アイデンティティの形成」
(Political motifs, local challenges: experiential identity making in Minamata)
 
【コメント】岡崎彰   (一橋大学社会学研究科):コメンテーター
       下田健太郎 (慶応義塾大学大学院) :コメンテーター
 
●セッション要旨:
 
 「アイデンティティ」という用語や概念は、従来からの文化人類学の実践と深く結びついてきた。第一に、人類学の研究対象となってきた言語、慣習、土着の儀礼や信仰、親族体系、暗黙の分類法、贈与・交換システムなど、いわゆる「文化」や「伝統」を共有する他と弁別可能な集団性、もしくは集合的に構築される表象や実践が、文化的アイデンティティという語によって示されてきた。第二に、もし人類学がフィールドワークを通してある特定の空間に居住する人びとの日常的な姿を描こうとしてきたとするならば、フィールドという空間で暮らす人びととは「誰なのか」、「何者なのか」を、人類学者は様々な方法で問うてきたといえる。しかし現在では、ジェンダー、セクシュアリティ 、階級、エスニシティ、ナショナリティ、人種、宗教、市民、そして「先住民」といった、上述した文化的アイデンティティを必ずしも集団原理としないような新たな集団性が主張されてきた。そしてこのような議論でもまた、「あなたは何者なのか」という点が問題とされてきた。その一方で、「文化」、あるいは他のカテゴリーを横断した、もしくは、「文化」と「個人」という二元論では理解できない現象が生じている。例えば、反/ 脱原発を掲げ官邸前に集結する人びとのような、実体は明確であるが統一的な目的、動機、または中心性がありそうでないような、本質的には匿名的で無標な人びとから成る集団をどのように捉えればよいのか。彼らを「何者か」として語ることに意味はあるのだろうか。
 
このように、新たな原理を集団の結節点にする動きがある一方、結節点が不明瞭な集団のあり方が可視的になっている状況をふまえ、本セッションでは、地域および集団性のコンテクストが異なる以下三つの事例から「アイデンティティ」について検討してみたい。デイグルは、一般に公開されている講演等およびインタビューの検討を通じて、以下のことを論じる。水俣病被害を受けた熊本・不知火海沿岸で暮らす個人や再帰的コミュニティが、彼ら水俣病患者を支配してきたメタ政治的主題について、人生や生きられた経験のエピソディックな脱構築と再構築を通じて、また、医療的な主体性や間主観性、年齢、そして科学的言説に応じて、再交渉し、異議を唱えていることを検討する。中野 は、インド北西部・タール沙漠地域の移動/定住に関する言説空間と、そこに暮らす「ジョーギー」の生活世界との連関を明らかにし、「ジョーギー」のアイデンティティ、あるいは集団性について考察する。香室は、ドイツ植民地軍による虐殺の対象となったナミビアの「ヘレロ」の西欧風「民族衣装」とそれらの色に着目し、植民者との接触と複数のチーフや土地への帰属をめぐる特定の歴史を背景としながら、彼らが「ヘレロ」としてのアイデンティティを身体的経験を通じてどのように文化横断的・分裂的に生成しつづけているのかを論じる。
 
本セッションでは各議論を通して、①もはや文化的アイデンティティとしては語ることができないアイデンティティのあり方を法と医療の観点から描くと同時に、その法的・医療的なアイデンティティをめぐる問題について考察すること、②従来想定されてきたような統一的・連続的な文化的アイデンティティを解きほぐすこと、さらに、誰もがアイデンティティをモノのように「もって」いる、または、「何者か」として印づけられているという前提を疑い、より複雑な印づけられない存在の仕方や、植民者等から当て嵌められるカテゴリーやイデオロギーからずれようとする/ ずれてしまうような日常的実践を描くことを試みる。
 
 

【お問い合わせ】                   
九州人類学研究会事務局           
〒812‐8581 福岡市東区箱崎6-19-1         
九州大学大学院人間環境学府(比較宗教学研究室)   
TEL/FAX :092-642-2424         
E-Mail :religion@lit.kyushu-u.ac.jp
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